東京地方裁判所 平成10年(ワ)11349号 判決 1999年9月07日
原告 株式会社整理回収機構
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 田崎信幸
被告 野村不動産株式会社
右代表者代表取締役 B
右訴訟代理人弁護士 早川学
同 金田繁
同 飯田隆
同 松井秀樹
主文
一 被告は、原告に対し、金七三五万円及びこれに対する平成一〇年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
一 請求
被告は、原告に対し、金一八二七万七四九四円及びこれに対する平成一〇年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、第一住宅金融株式会社(以下「第一住金」という。)の貸付債権等の権利関係を譲り受けた原告において、第一住金と被告との間の業務提携契約に基づき、第一住金が被告から住宅ローンの申込みの取次を受けた案件で融資を実行したところ、当該不動産の購入者がその真正な所有者から権利の回復を求める訴えを提起されるなどして右融資の回収が不能になったとして、主位的にこれが被告における右契約の債務不履行によるものであり、予備的に被告において右融資につき右契約上の連帯保証債務の履行義務があると主張して、被告に対し、その損害賠償ないし保証債務の履行を求めた事案である。
(前提となる事実)
1 当事者と基本関係
原告は、特定住宅金融専門会社から譲り受けた貸付債権等の財産の管理、回収等を目的に平成八年九月に設立された株式会社住宅金融債権管理機構が平成一一年四月に商号変更された会社であり、被告は不動産関連事業を目的とする会社である(弁論の全趣旨)。
住宅金融専門会社であった第一住金と被告は、被告の販売又は仲介する不動産を取得する者の中で、第一住金の住宅ローン等を利用して取得資金の借入れを希望する者に対して、その融資の申込受付、取次について業務提携をするため、昭和六〇年七月二九日、「業務提携に関する契約書」を締結し、平成四年三月三一日、「業務提携に関する変更並びに追加契約書」を締結し(以下「本件提携契約」という。)た(争いがない、甲一、一五)。
なお、第一住金は、平成八年八月三一日、原告に対し、同年一〇月一日をもって財産を移転する旨の財産譲渡契約を締結し、同日、貸金や損害賠償債権を含む一切の財産が第一住金から原告に譲渡された(甲一三)。
2 第一住金による融資(本件融資)
後記物件目録<省略>のマンション(以下「本件マンション」という。)について、被告は、平成六年二月一〇日、売主のC(以下「C」という。)との間で不動産専任媒介契約を締結し、同年三月上旬ころ、第一住金に対し、買主となるD(以下「D」という。)の住宅ローンに関する融資の打診を行い、第一住金は、右案件を審査のうえ、平成六年三月一〇日ころ、被告に対し、住宅ローンとしてDに対する二二〇〇万円の融資が可能である旨通知して、同日、被告から第一住金に正式な取次がされ、翌一一日、第一住金から被告に融資決定の通知がされた(争いがない、甲二、一一、乙一、九)。
平成六年三月一二日、被告の宅地建物取引主任者のE(以下「E」という。)から本件マンションの売主のCと買主のDに対して重要事項説明書が交付されて説明がされた後、DとCは、本件マンションにつき代金二五〇〇万円で売買契約を締結し(以下「本件売買」という。)、DがCに対して手付金二五〇万円を支払った(争いがない、甲四、五、乙四)。
第一住金は、Dとの間で、平成六年三月一七日、二二〇〇万円の金銭消費貸借契約を締結して、同月一八日、これを実行し(以下「本件融資」という。)、同月二三日、本件マンションについて、DがCに対して残金二二五〇万円を支払って所有権移転登記を経由し、第一住金が本件融資につき抵当権を設定した(争いがない、甲六ないし九)。
3 本件売買の顛末
本件マンションについて、本件売買当時の占有者でCの前の所有名義人であるF(以下「F」という。)は、平成七年一二月一八日、CとDに対して各所有権移転登記の抹消登記手続、第一住金に対して抵当権設定登記の抹消登記手続をそれぞれ求めて訴えを提起し(当庁平成七年(ワ)第二四九五四号)、FとCとの間の売買契約が存在せず、Cの所有権移転登記がF名義の偽造文書を用いた無効なものである旨主張した(争いがない)。
その後、FとCとの間で、平成八年三月、Cに対して所有権移転登記の抹消登記手続を命ずる判決が言い渡されて、後に確定し、Fと第一住金のために右訴訟を引き受けた原告(旧「株式会社住宅金融債権管理機構」)及びDとの間で、平成一〇年七月、Fから原告に対して和解金三〇〇万円が支払われ、原告がFに対して本件融資についての抵当権設定登記の抹消登記手続に必要な書類を交付し、Dが所有権移転登記の抹消登記手続をする旨の和解が成立した(争いがない、顕著な事実、弁論の全趣旨)。
(判断すべき事項)
1 被告の責任
(原告の主張)
(一) 本件提携契約の目的と被告の義務
本件提携契約は、被告の販売又は仲介する不動産物件に関して、第一住金の住宅ローンである「ホームローン」を利用してこれを購入する顧客についての融資案件を被告から第一住金に取り次ぐもので(但し、平成四年三月三一日の変更でホームローン利用者に限定されなくなった。)、住宅金融公庫が利用できない物件でも第一住金の住宅ローンが利用でき、第一住金が事前に調査して物件の担保評価を合理化して、顧客の借入申込みから融資実行までの期間を短縮できる双方のメリットがあり、このような趣旨から、第一住金と被告との間で、被告は主として持ち込む担保不動産の調査を、第一住金は主として顧客の借入意思の確認・借入資格の審査をそれぞれ行うものとして役割分担がされ、本件提携契約が運用されてきた。
被告が本件提携契約に従って第一住金に対して融資案件を取り次ぐ際、被告には、当該対象となる不動産物件と顧客について、第一住金に対し、その審査に必要な資料や情報を提供して説明する義務があり、「甲〔被告〕は乙〔第一住金〕からこの契約にもとづく諸書類の閲覧、提出、説明を求められ、または乙が物件の調査等を行う場合は、これに応じ協力するものとする。」(本件提携契約八条「(甲の義務と責任)」二項)との定めはその顕れであって、被告の負っているこのような資料提出、情報開示、説明等の義務が真実に基づいて行われなければならないことは契約の本旨として本件提携契約の当然の内容である。また、被告には、「甲はその代理人、使用人その他事務を取扱う者の行為によって乙に損害を与えた場合は、乙に対して補償の責に任ずる。」(同八条一項)、「甲が乙に取次いだ融資対象物件につき、瑕疵、補修等後日丙〔甲の販売又は仲介する不動産の取得予定者で乙からの取得資金借入れ希望者〕と紛争が生じた場合には、甲は責任をもってその解決にあたり、乙に一切の責任、迷惑を及ぼさない。」(同八条三項)の義務がある。
そして、被告には、平成四年三月三一日の本件提携契約の追加で確認された、「第9条において丙の乙からの借入債務及びこれに付帯する一切の債務につき、甲は乙名義の抵当権設定登記完了後、乙がこの設定順位、債権額、利率等を確認するまで丙と連帯して保証の責に任ずるものとする。」(同九条の二「(甲の保証)」)との義務がある。
(二) 本件融資の案件における被告の債務不履行(主位的請求原因)
本件融資に関しては、本件マンションの売主とされたCがその真正な権利者であり、処分権限を有していること、本件マンションの占有者であるFがこれをDに明け渡し、Dがその所有権を取得できることがその実行に最低限必要な事項であったから、被告は、第一住金に対し、これらの審査に必要な資料や情報を提出し、説明する義務を負っていた。
ところが、①本件マンションの売買は金融業者のピース・ファイナンスなるG(以下「G」という。)の持ち込んだもので、売主のCも金融業者兼買取業者であり、本件提携契約の適用対象には本来該当しない物件であったこと、②本件マンションの明渡しに関して添付されたFの「建物明渡し承諾書」なる書面は、一見して通常の明渡承諾書とは異なる不自然なものであったこと、③本件マンションの所在地は千葉県船橋市であるのに、被告の八王子支店が取り扱っており、Gと被告の八王子営業所所長のH(以下「H」という。)やEとの密接な人脈を利用した異例の取次であること、④本件マンションの引渡期日に引渡しは現実にされておらず、引渡確認票の内容は事実に反する虚偽のものであって、被告もDも引渡期日に立ち会ってさえいないことなどからして、被告は、第一住金が本件融資の審査に最低限必要な前記の事項について、いずれも真実に反することを知りつつ、故意に第一住金に対して虚偽の事実と資料を提出し、説明したものである。
しからずとも、被告は、これらの事項について、仲介業者として要求される必要な調査をし、これによって得た資料と情報を第一住金に提出し、説明する義務があるにもかかわらず、最低限の調査すらせず、前記指摘から窺われる重大な過失により虚偽の内容の資料や情報をそのまま提出し、説明したものである。
(三) 本件提携契約に基づく連帯保証債務履行請求(予備的請求原因)
本件提携契約に基づく第一住金の融資は、通常の不動産取引と異なって、売買代金相当の融資金が不動産購入者への所有権移転登記前に実行されるもので、融資金が先に実行されることから生じるリスクについては、全面的に被告が借主と連帯して保証することが本件提携契約九条の二に明示されており、同条にいう「乙名義の抵当権設定登記完了後、乙がこの設定順位、債権額、利率等を確認するまで丙と連帯して保証の責に任ずる」との趣旨は、単に第一住金のために、形式的に抵当権設定登記がされていればよいというのではなく、それが真正で有効な約定どおりの順位と内容の抵当権設定登記であることを要する。
本件融資は、本件マンションにつきCが無権利者であって、第一住金において、有効な抵当権設定登記を得られなかったのであるから、住宅ローン貸出申請書に「包括つなぎ保証」と明記されているように、本件融資の借主であるDの債務について、被告は連帯保証債務を負う。
(被告の主張)
(一) 本件提携契約の背景と被告の義務
第一住金は、いわゆる住専の一社であったが、自社独自の営業拠点も営業部員も少なく、融資の相手方を見つける力に乏しい状況があったため、こうした弱点を補強すべく、被告から不動産の購入を予定する顧客の紹介を受けることを希望し、本件提携契約に至ったものであるところ、他方、被告に対して本件提携契約と同様の業務提携を希望する金融機関は、都市銀行をはじめとして数多存在し、被告において、提携ローン制度一般によって、顧客に対する付随的なサービスの多様化の実現できることのほか、特に第一住金と本件提携契約をすることに格別のメリットがあったわけではないから、本件提携契約は、主として、第一住金の営業力を補完するために締結されたもので、そのメリットは第一住金が享受していた。
被告の仲介等物件を購入する者が第一住金からの融資を希望する場合、本件提携契約に基づく業務の流れは、まず、被告が購入者から第一住金所定の借入申込書を受領し、その内容を点検のうえ、借入申込書に記名捺印して第一住金に取り次ぎ(本件提携契約三条「(ローンの申込、取次ぎ)」)、次に、第一住金が被告から取り次がれた借入申込みにつき融資の可否を審査決定し、その旨融資証明書をもって、被告に対して融資決定の通知をし(同四条「(融資の決定および通知)」)、さらに、第一住金が融資を行う旨決定した購入者と金銭消費貸借契約及び抵当権設定契約を自ら締結し(同六条「(契約締結事務)」)、抵当権設定契約後の登記手続は被告が第一住金に代わって行う(同七条「(抵当権設定等登記事務手続)」)ものである。
そして、被告は、第一住金から本件提携契約に基づく諸書類の閲覧、提出、説明を求められ、または、第一住金が物件の調査等を行う場合には、これに応じ協力すると定められている(同八条二項)のであって、融資実行の際の対象物件に関する調査義務は、第一住金自身が第一次的に負担し、被告は、第一住金の協力依頼に応じて、第一住金の調査に協力するべき第二次的な調査義務を負担しているにすぎない。本件提携契約に基づき、被告の第一住金に対して想定されている義務は、主として、融資申込みの取次であり、被告の取次にかかる融資申込みについて、融資を実行するか否かは、第一住金自身が独自の判断で行うべきもので、その危険も自ら負担するものであことは当然である。
したがって、被告は、原則として、第一住金に対して情報及び書類を提供するに際し、事前にそれらが真実であるかに否かについて調査すべき義務を負担せず、例外的に、第一住金から協力の依頼があったときに限り、第一住金に対して伝えた情報及び書類に関する事後的な調査義務を負担するにすぎないものである。なお、本件融資に関して、第一住金が被告に対して、書類の閲覧を求め、あるいは、本件マンションの調査に協力するよう要請してきたことは一切ない。
(二) 主位的請求原因について
仮に、被告において、第一住金に対し、第一住金からの協力依頼がないにもかかわらず、なお積極的に伝える内容の真実性を事前に調査する義務を負担していると解したとしても、本件マンションの所有者は、真実、Cであって、Cは所有名義を有していたうえ、権利証、担保抹消書類等およそ真実の所有権者でなければ保有できない重要書類を保有していたし、本件売買に関して、所有者でないことを窺わせる事情は一切なかった。原告は、別訴のFの主張を鵜呑みにするが、Fの主張が事実に反することは明らかである。そして、本件マンションの占有者であるFから、真実、F作成による明渡承諾書を取り付けていたのであるから、これらの点について、被告が第一住金に虚偽の事実を伝えたことはない。
次に、仮に、この内容に事実に反する部分が含まれていたとしても、被告は、自らが第一住金に伝えた情報が事実に反することを知らなかったから、少なくとも「故意」による債務不履行はなく、そもそも、被告の従業員において、事後にトラブルや責任を問われることを承知のうえで、故意に虚偽の情報を告げることなどあり得ず、また、被告の企業としても、従業員の違法行為を認識しながら放置することなどあり得ないことである。また、本件マンションの所有者や占有者の点について、前記のようなCやFの事情からして、被告において、Cを所有者と信じ、Fから明渡しが得られると信じたこと何ら過失はない。
原告の指摘については、①CやGが金融業者であったとしても、金融業者が物件を紹介することは珍しいことでなく、本件マンションが本件提携契約の適用対象外との主張は事実に反し、②明渡承諾書にはFの明渡意思が明確に記載されていて不自然なところがなく、入手先のGに確認した際にも不審な点がみられなかったのであり、③Gと面識があったのはEのみで、EもGとかつて同じ職場であったというにすぎず、個人的な関係からEの勤務する八王子営業所が取り扱ったとしても、不自然なところはなく、④本件マンションの引渡しは、平成一〇年三月二三日に現状有姿にて現実に行われているのであるから、いずれも、被告の故意又は重大な過失を推認させるような事情にあたらないことはもちろんである。
(三) 予備的請求原因について
本件提携契約九条の二は、不動産売買の決済に先立って提携ローンが実行されるという構造上、不動産会社の金融機関に対する期間限定の連帯保証の差入れとして一般的に規定されるごくありふれた通常の条項であって、抵当権設定登記がされるまでの間、暫時、無担保融資となるリスクを避ける目的でされるものにすぎないから、不動産会社の金融機関に対する連帯保証債務の消滅時期が、抵当権設定登記の完了という客観的、形式的、手続的な事実によって画されることは当然である。
少なくとも、実体法上の瑕疵により抵当権設定契約に基づく設定登記が無効とされる場合にまで、不動産会社たる被告の連帯保証債務が存続するという解釈は絶対にあり得ないところであり、原告の主張は、第一住金のミスを被告に転嫁するもので、金融機関として担保物件についての審査リスクを一切負担しないというに等しく、無責任極まりないものである。
本件マンションについて、本件融資にかかる抵当権は、同九条の二の文言どおり、有効に設定登記がされ、これを第一住金が確認した時点において、同条項に基づく、被告の第一住金に対する連帯保証債務は既に消滅しているのであって、原告の主張は失当である。
2 原告の損害
(原告の主張)
原告の主張する損害(主位的請求原因)は、本件融資にかかる金員の交付そのものであり、これからDからの弁済金と別訴におけるFからの和解金を損益相殺した結果、損害金は一八二七万七四九四円となる。なお、予備的請求原因において、連帯保証債務として履行を請求する額は、Dの第一住金からの借入債務及びこれに付帯する一切の債務であるから、右と同様になる。
仮に、被告の主張のように、損害について、本件マンションに第一住金の抵当権が有効に設定されていたと仮定した場合に第一住金において回収できた金額と考えるにしても、本件マンションは大規模なマンションで、全戸が南東向きで周辺に空間も多く、日照、眺望もよいことから築年数が古い割りには市場性が高く良好な物件といえるのであって、このような場合には、任意売却による最終市場価格(正常価格)と、競売手続によったとしてもそこで競争原理により形成される競売市場価格とが限りなく近接するから、正常価格に近い一三〇〇万円をもって本件マンションの価格とみるべきである。
(被告の主張)
第一住金が本件融資によってDに対する貸金返還請求権を有する場合、本件融資にかかる金員の交付をもって直ちに同額の損害が生じたとみることはおよそ不可能である。
第一住金において、Dに対して本件融資を行うにあたっては、Dの返済能力を十分に審査のうえ、その返済能力を信じて実行したもので、万一、被告に債務不履行があったとしても、本件融資が回収不能になったこととの間には何ら因果関係がないのであるが、仮に、被告の債務不履行によって第一住金に損害が生じたとすれば、その範囲は、本件マンションに第一住金の抵当権が有効に設定されていたと仮定した場合に第一住金において回収できた金額に限定されることは当然である。
そして、抵当権に基づく本件融資の回収としては、現実的には競売による回収を想定すべきであるから、本件マンションの通常の取引による正常価格を一三〇〇万円とみれば、競売市場における買受価格は、その三割を減価した九一〇万円程度にすぎない。
3 過失相殺及び損益相殺
(被告の主張)
過失相殺については、第一住金において、本件融資前にDとの面接を行っておらず、その属性の把握に不十分であったこと、被告と同程度に経過を把握していたはずであり、むしろ第一住金こそ審査の専門家として真相に気づくべきであったこと、本件提携契約八条に基づき、被告に対して諸書類の閲覧、提出、説明を求めることも物件の調査に対する協力を求めることも何らしていないことからしても、第一義的に第一住金に責任があるというべきであるが、仮に、被告にも責任が認められるとしても、第一住金と被告とが対等な立場で締結した本件提携契約の遂行過程で生じた損害であることを考慮して、最大で五割を限度とみるべきである。
そして、別訴においてFから原告に和解金三〇〇万円が支払われたのは、本件マンションの所有者がFであったことを原因とするものであり、原告の主張する損害の生じた原因とまさに同一の原因によるものであるから、損益相殺の対象となる。
(原告の主張)
損益相殺について、Fから原告に支払われた和解金三〇〇万円は、本件マンションそのものから弁済されたものでないから、その対象とはならない。
三 当裁判所の判断
1 前記二(前提となる事実)に加え、<証拠省略>及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 平成六年一月末ころ、被告八王子営業所に勤務する仲介営業部員で宅地建物取引主任者のEに対して、その知り合いで金融業「ピース・ファイナンス」を営むGから本件マンションに関して連絡が入るようになった。EはGから本件マンションを被告のもとで仲介するよう依頼され、売主がGの知り合いのCであること、買主もGの知り合いのDに決まっていること、Dの頭金が少ないので被告の提携する金融機関の融資を利用したいこと、本件マンションには前所有者のFが居住しているがまもなく明け渡すことなどの説明を受けた。Eが被告八王子営業所所長のHに本件マンション仲介依頼の件を報告した結果、被告は、Eが担当者となって仲介業務に着手することとし、本件マンションについて、平成六年二月一〇日、売主となるCとの間で、不動産専任媒介契約を締結した。
Eは、買主のDの準備できる頭金が少額であるなど都市銀行の住宅ローンを利用することができず、本件マンションが中古物件で住宅金融公庫の融資を利用することも困難であったため、提携関係のあった住宅金融専門会社である第一住金に融資の可否と照会することにして、平成六年二月末か同年三月上旬ころ、第一住金に対し、本件マンションを担保としてDに住宅ローン融資をすることが可能であるか照会した。
(二) 第一住金では、右の照会を受け、営業第一部課長代理のI(以下「I」という。)が担当者となり、直ぐに信用調査をかけ、延滞等の問題がないことを確認したほか、被告からDの収入証明や本件マンション関係の書類を入手し、平成六年三月四日、Dの自宅に電話をかけて妻に借入意思を確認し、同月七日、Dの勤務先に電話をかけて本人の在職を確認し、被告の担当者Eが第一住金店舗に来店して協議をした。そして、同月一〇日までに、本件融資が可能との判断が被告に伝えられ、同日、Hが来店して、Dの借入申込書を持参して、被告からの正式な取次がされ、第一住金における同日までの審査で、Dの購入動機、収入及び弁済能力に問題がないことが確認されていたため、翌一一日、第一住金は、被告に対して、本件融資の決定と通知を行った。
他方、Eは、本件マンションの権利関係を確認するため、Gから送付された登記簿で所有者が説明のとおりCとなっていることを確認し、Gを通じて、FとJを債務者とする複数の担保権が売買の最終決済時までに抹消されること、当時の占有者であるFが本件マンションを明け渡す意向であることを確認したうえ、予定された売買契約締結日の前日の平成六年三月一一日中に、千葉法務局船橋支局において、本件マンションの不動産登記簿で権利関係の変動のないことを再確認し、売買契約書、重要事項説明書等の書類の準備を完了して、Hの確認を得た。
(三) 平成六年三月一二日、ピース・ファイナンスの事務所において、C、Dのほか、G、E、Hが集まった。席上、まず、EからCとDに対し、重要事項説明書の項目に沿って説明がされ、そのなかで、本件マンションに前所有名義人のFが居住しており、同月末に明渡予定であること、本件マンションに設定してある三件の担保物件の抹消がされることも伝えられて、重要事項説明書が両名に交付され、右書面にFの「建物明渡し承諾書」のコピーが添付された。そして、本件マンションについて、売主のCと買主のDとの間で、代金二五〇〇万円、手付金二五〇万円、残代金支払期限同月二三日などと定められて本件売買がされた。
その後、平成六年三月一七日、第一住金にDが来店し、第一住金とDとの間で二二〇〇万円の金銭消費貸借契約が締結されて(本件融資)、同月一八日に第一住金がこれを被告の指定口座に送金して実行された。
平成六年三月二三日、被告の本社において、C、D、E、G、司法書士が立ち会って、残代金二二五〇万円の決済がされ、本件マンションについて、Dが所有権移転登記を経由するとともに、第一住金が本件融資につき抵当権を設定したが、本件マンションの引渡しは、Fが居住したままの現状有姿にて行われ、CからDに対する鍵の授受はされなかった。
(四) 本件売買当時、本件マンションに設定されていた三件の担保権は、昭和六一年四月八日受付の債務者J、債権額二〇〇万円などとする住宅金融公庫の抵当権設定登記、平成四年九月八日受付の債務者J、極度額三〇〇万円などとするKの根抵当権設定登記、平成五年六月二二日受付の債務者J、極度額二〇〇〇万円などとするLの根抵当権設定仮登記であり、これらは、平成六年三月二三日、同日の決済により予定どおりいずれも抹消登記がされた。
GがEに示して重要事項説明書にも添付されたFの「建物明渡し承諾書」なる書面は、貸金の担保目的で所有不動産に停止条件付賃借権を設定し、賃借権の実行のために必要であれば建物を明け渡す旨などが細かい文字でびっしりと印刷された定型の用紙であり、これを用いて、その連帯保証人欄にFとJの住所氏名が記載され、両名の押印がされたものであって、物件の表示や作成年月日、宛て先の債権者欄などが空欄のままになっており、この書面自体には、Fが本件マンションを定められた期限に明け渡すことは何ら記載されていない。
(五) 本件提携契約には、
「第3条(ローンの申込み、取次ぎ)
甲は、丙の借入申込につき、丙より借入申込書類等を受領し、その内容を点検の上、借入申込書(-省略-)に記名捺印し、乙に取次ぐものとする。
第8条(甲の義務と責任)
甲はその代理人、使用人その他事務を取扱う者の行為によって乙に損害を与えた場合は、乙に対して補償の責に任ずる。
2 甲は乙からこの契約にもとづく諸書類の閲覧、提出、説明を求められ、または乙が物件の調査等を行う場合は、これに応じ協力するものとする。
3 甲が乙に取次いだ融資対象物件につき、瑕疵、補修等後日丙と紛争が生じた場合には、甲は責任をもってその解決にあたり、乙に一切の責任、迷惑を及ぼさない。
第9条(融資金の交付時期)
乙の丙に対する融資金の交付は当該物件に対し、乙の抵当権設定等の登記完了後とする。
2 前項の規程にかかわらず、融資証明書発行後、抵当権設定等の登記完了を待つことなく、次により乙は丙に対し融資金を交付することができる。
(1) 乙、丙間において金銭消費貸借契約および抵当権設定契約が締結されていること。
(2) 丙より乙宛に、乙指定の融資実行依頼書の提出があること。
第9条の2(甲の保証)
第9条において丙の乙からの借入債務及びこれに付帯する一切の債務につき、甲は乙名義の抵当権設定登記完了後、乙がこの設定順位債権額、利率等を確認するまで丙と連帯して保証の責に任ずるものとする。」
との規定がある。
2 前記二(前提となる事実)及び右認定事実を踏まえ、被告の責任について検討する。
(一) 本件提携契約は、被告の販売又は仲介する不動産を取得する者のうち、第一住金から当該取得資金の借入れを希望する者に対する融資の申込受付、取次について業務提携するものであるから、被告の基本的な義務が融資案件の取次にあり、融資の決定自体があくまでも第一住金の判断でされるものであって、第一住金において、その責めを負うべきことはいうまでもない。
しかしながら、取り次がれた融資案件の審査の対象となる取得者(購入者)と物件(購入不動産)のうち、その物件が被告の販売又は仲介する不動産である以上、被告において、対象不動産についての必要最小限の調査を尽くしていることは当然に求められているものというべきである。そして、右の調査が十分にされてない場合には、本来、融資の対象として取り次ぐべきでない物件であることもあり得るのであり、本件提携契約上、取次のあった物件の調査について、第一住金の一次的義務であって、被告は第一住金に求められてはじめてその協力義務が生ずるとされているものの(八条二項)、右の場合には、被告の調査義務も存続しており、仮に、被告の調査不足によって第一住金に損害が生じたのであれば、本件提携契約の債務不履行として、被告において、第一住金に対する賠償責任が生ずると解することに支障はないものと考えられる(八条一項・三項参照)。
(二) こうした見地から、本件融資や本件売買の過程における全体の経過に照らすと、本件マンションの仲介依頼を最初に受けた被告の宅地建物取引主任者であるEにおいて、GやCの説明を鵜呑みにし、その記載からして不自然なことの一見して明らかなFらの作成なる「建物明渡し承諾書」につき全く疑問を呈することなく、その調査や裏付けを行う必要性のあることを漫然と看過しており、まして、不動産の取扱いに数多く従事する者であれば、本件マンションの登記簿の乙区欄の個人名による根抵当権の設定登記(仮登記)の存在と併せて、警戒すべき兆候を十分に読み取ることができたのであるから、最低限の調査として、本件マンションに居住者する前所有名義人のFに対して、直接の方法で明渡しの意思確認をすべきであった。そして、この確認行為さえあれば、Fからの応答を契機に真相が発覚し、Gの持ち込んだ本件マンションの仲介話が第一住金に取り次がれる前に頓挫するなどして、未然に後の別訴や本訴などのような紛争を回避できた可能性が高かったものと窺われる。
してみると、被告において、Eが本件マンションの仲介業務を担当し、第一住金に融資の取次をするに際して、その権利関係の把握のための必要最小限の調査を怠ったことにより、結果的に第一住金に本来取り次ぐべきでない不適切な融資案件を取り次いだもので、これが故意によるとはいえないにしても、その過失は重大であるというべきである。
したがって、主位的請求原因のうちの過失による被告の責任が認められるものと判断する(なお、この損害賠償請求権が第一住金から原告に譲渡された旨の被告に対する通知は、証拠(甲16の1・2)により、平成一一年三月一九日にされたことが認められる。)。
(三) なお、この段階で予備的請求原因の連帯保証債務履行請求権について検討すると、原告の主張は、本件提携契約九条の二を独自に解釈するものであって失当であり、提携ローン一般の解釈として、被告の主張のとおり、右請求権は平成六年三月二三日の本件融資にかかる抵当権設定登記を第一住金が確認したことによって消滅したものと解するのが正当であることは多言を要しないところである。
3 次に、原告の損害について検討すると、まず、本件融資により、Dに対する貸金請求権が存在するからには、本件融資の金員の交付そのものが損害とは評価できないところである。そして、Dの一般財産からの回収が著しく困難になったとしても、それは原告におけるDの資力や信用に関する評価の誤りによるものであって、前記の被告による本件提携契約上の債務不履行とは無関係である。
すると、右の債務不履行によって生じた損害としては、第一住金において、本件マンションに設定した本件融資についての抵当権の抹消を余儀なくされたこと、換言すれば、本件マンションに設定した右抵当権が有効に存続していたと仮定して、これによって第一住金が回収できた本件融資の返済相当額と考えることになる。
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件マンションは、比較的大規模なマンションの一戸で、全戸が南東向きで、日照、眺望もよく、昭和四八年の建築である割りには市場性も備えた良好な物件であることが認められるから、任意売却による処分の可能性や競売手続における競争による価格形成の可能性をも総合考慮して、本件マンションの正常価格として当事者間に一致をみた一三〇〇万円を若干減価した一一五〇万円をもって算定の基礎となる価格とみるのが相当である。
4 さらに、過失相殺と損益相殺についてみると、被告において、本件マンションの権利関係の把握のための必要最小限の調査を怠って、第一住金に不適切な融資案件を取り次いだ落ち度は大きいというべきであり、第一住金において、被告に対し、自ら積極的に審査のための調査協力すら求めなかったとしても、その責めはせいぜい一割程度に留まるというべきである。
そして、原告が別訴においてFから取得した和解金三〇〇万円は、損害の発生と同一原因による利得であるから、これは損益相殺の対象となるものと考えられる。
5 してみると、被告の賠償すべき原告の損害は、七三五万円となる。
1150*0.9-300=735
したがって、原告の請求は、被告に対し、本件提携契約上の債務不履行による損害金七三五万円及びこれに対する本訴状送達の日に翌日である平成一〇年六月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であることになる。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 平田直人)
<以下省略>